日記帳 柴崎流記事ネタの見つけ方・探し方

おはよーございます。柴崎ですー。昨夜は全然寝れなくて、もうほぼほぼずっと起きていましたわw。まぁ基本的に夜型の柴崎ですが、夜型は夜型でも午前3時くらいには寝たいなぁーと思っておりますw。よく朝方と夜型どっちがいいのかみたいな意見をよく聞きますが、そんなン別に人によって合う、合わないがあるんだからどっちでもよくねぇと思います。まぁ柴崎はどっちかっていうと夜型ですねw。

 

さて、今日のテーマは、、、、、、、いや特にないんですよ。5記事めにしてもはやネタ切れしてしまったという。どうしようもない感がハンパないですが、それでは話に鳴らないので、今日は柴崎なりに記事ネタの見つけ方、探し方を考えてみました!

 

柴崎流記事ネタの見つけ方・探し方

 

1、自分の好きなこと・興味あることについて書く。

 まぁ、好きなこととかだったらそりゃ筆も走りますわな!柴崎にも好きなこと?ありますよ。けどね、それはしばらく秘密にしておきたいなぁーって思てるんです。

 

2、人間の欲望に直結することについて書く。

 まぁ上とも通ずるとは思うのですが、やっぱり人間も動物なんですよ。おサルさんなわけです。だから欲望に通ずることは書きやすいし見つかりやすいし、探しやすいし、読者にも見てもらいやすいですねw。

 具体的には、、   食べ物

           異性関連

           お金         とかですかね。

 

3、レビューしてみる。

 皆さんも普段生きてる中で本を読んだり動画をみたり、映画をみたりってことがあるのではないかと思います。そういう風にいろいろ見聞きしてみて、いいなぁとか逆につまんねぇなぁとか思うと思います。そういう風に思ったこと、感じたことを記事にするのはありなのかなぁと思います。

 

4、自分が経験したこと・体験したことを書く。

 これもレビューするという事と若干被るのですが、文字通り自分が経験したこと・体験したことを書くということです。実際に自分がしたことですから、書きやすいですね。○○行ってみたーとか、○○体験してきたーとかでも全然大丈夫なんですけど、別に何気ない日常で感じたこと、したことでも全然いいと思います。

 

とかかな!

日記帳 お金を呼ぶ小判

どうもどうも、こんにちは柴崎です。さっき柴崎の財布の中身を確認したら、4500円ほどでした。(泣)なんとも悲しいものです。実は柴崎、ここ一年ほどでかなりお金を使ってしまいしまして、もともと70万円ほどあった資産が、わずか4500円ほどになってしまったのです。今日はどうして、そんなにお金が減っちゃったのかについて考えていこうと思います。

 

柴崎はもともとお金をあまり使わないタイプの人間でお金を貯めるのが大好きでした。だから、親からもらったお小遣いや、お年玉などほとんど使わずためてきて子供にしてはかなりたくさんのお金を持っていました。それに、もともと陰キャの情弱だったため、特にお金の使い道もなく、また何かが必要な時は理由をつけて両親や祖父母に買ってもらっていたので、自分のお金が減るという事があまりなかったように感じます。そうして、着々とお金を貯めていった柴崎ですが、、実はあることをきっかけにたくさんお金を使いだすようになり1年ですっからかんにしてしまったのです。まぁ、そのあることと言えば平たく言えば遊びなのですが、そうやって遊んだりして色々しているうちに柴崎の資産はわずか4500円になってしまいました。と、実際にはお金が減ったのは遊びに使ったからなのですが、柴崎はそのほかにもお金が減ったのは別の理由があるのではないかと思うのです。

 

柴崎はもともと、財布の中に金の小判(レプリカ)を2枚入れていました。これはどこかのお城に観光しに行った際に自分用のお土産としてかったものです。それ以来、柴崎の財布にはずっとその金の小判が2枚入っていたわけです。ところが、遊びを覚えていく中で柴崎はその小判を財布から出してしまします。なぜかというと小判2枚が財布の中に入っていると財布が膨らんでしまい、見栄えが悪く、ポッケに入れた際や、人に見られた時に少数、若干ではあるが気にする人がいるとある人から指摘を受けたからです。確かに、柴崎の財布を見てみると決して見栄えのいいものではなかったし、柴崎自身財布をポッケに入れて持ち運ぶ中でその重さや重さによるポッケの下がり具合が若干期にはなっていて遊んでいくうえでプラスにはならないと思いその小判を財布から出すことにしたのです。

 

で、小判から財布を出す前も柴崎はちょこちょこお金を使っていたのですが、小判を財布の外に出してからお金を使う速度が増し、柴崎の資産は激減してしまいました。

だから、もしかしたらの話ですが、この小判は僕の資産を守ってくれる守り神だったのではないかと思うのです。そして、この小判を財布に入れていたから、今までお金を使わずどんどん増やして行けたのではないかと、。

まぁ信じるも信じないも皆さんの自由ですが、何となく小判とかってそういう系の力がありそうな気がしますw。

日記帳 眠たくなる今日この頃

どーもこんにちは、柴崎です。なんか最近コロナコロナって騒がれて世間はヤバい雰囲気一色で外出自粛要請出たり、街から人が消えちゃたりしてどうかしちゃってる感がありますが、そんなのは気にしない柴崎です。とはいえ、柴崎も同居人にコロナを移すのはまずいと思い外出を控えているのですが、そうやって部屋にこもってベットでのんべんだらりとしていると、なんとなく、眠くなってくる、そんな話を今日はしようと思います。

 

皆さんは眠たくなることってありますか?私はしょっちゅう眠いです。(笑)生活がつい3日ほど前までとても不規則かつ寝不足だったこともあり、隙あらば、寝てしまう始末。もはや救いようがありません。一日12時間睡眠なんてこともざらです。(まぁ数えてないんでわかんないんですけどねw)このすぐ寝るようとする態度、昼間でも躊躇なく寝る姿勢に同居人もあきれてしまっているようです。

 

同居人は起きろ起きろだの勉強しろだのなんだかんだうるさいわけですが柴崎に言わせれば、コロナコロナ言ってて外出れなくて特にやりたいことも楽しいこともないんなら寝ちゃってもしゃーなくないかということなのです。最近まで超が付くほどの寝不足だったしねw。人間はできるだけ楽なほうへ楽なほうへと流れていく生き物らしいw。そして柴崎もその楽なほうへと流れていく人間の一人なのであります。いーじゃないですか、たまにはぐっすり寝て人生の疲れを取ったって。それが人間の性なのだから。そうやって楽なほうへ楽なほうへと行こうとした結果今のような超文明社会が誕生して便利な世の中になった訳さ。そんな自然の摂理に反するようなことをしたって最後に苦しむのは自分だよ、と柴崎は思うね。こういうことを言うと、君の考えは甘い!世間には必死に頑張ってる人だっているだろうとという人がいるかもしれない。しかしそれは柴崎に言わせれば違う。柴崎だって今までの人生で何度か頑張ったことがあるから分かるのだが、彼らにとっては頑張ることが正であり快楽であり楽しくてしょうがないのだ。これは眠たくてしょうがない柴崎と本質的には同じなのだ。そういう頑張ることが楽しい状態の人間は普通の人間の一歩先のステージにいるから人生がワクワクで満ち溢れているだろう。いいね!

そういうわけだからとにかく、自然の摂理に反することはよくない。というわけで柴崎は今日も昼寝をする。

第1話 魔の手はすでに幼少期から

こんにちは、柴崎です。今日もブログを更新していこうと思います。今日は小さい頃の話をメインにしていこうと思います。

 

私が、小さいころ、それも幼稚園生ぐらいのころから私はよく泣かされていた。そして、それとは別に私は私の足に一つ、また一つと枷をもうけ重しをつけていった。身動きが取れなくなるように。

 

私の両親は表向きはエリートそのものですが、その内実はというと残忍なものでサイコパスであり暴力者であり半人殺しでした。(精神的にも、肉体的にも)

父親は私が生まれた当初から私のことを人間としてではなく駒として扱いました。人間として扱われた記憶はないので私はどこか物寂しい感じがしたのを今でも覚えています。このようにかくと、明らかな虐待やいじめを受けたかのように思われるかもしれませんが、そうではないのです。父親も母親も社会的にはまともな人間なのでそこらへんはしっかりと心得ていました。だから、明らかにつかまってしまうような暴力行為や虐待行為はなく、社会的に制裁を受けない程度にじわじわと私のことをさげすんではその精神を凌辱していったのです。

母親は父親や私たち子どもに比べて頭が悪かったようです。彼女の意見はいつも的からずれており、そのずれを父親や私たち子どもに指摘されていましたが、指摘されても自分の矛盾に気づかず、ひいては逆切れする始末でした。良く母親は母親の両親すなわち私から見た祖父母に自分は父親や子供たちにいじめられていると嘆き、相談していたようですが、私から見ればまともに話すらできないやつが言う事ではないと思いました。母親は決して何か障害のようなものを持っていたわけではありません。いたって普通の人間なのです。しかし、ただ少し、いやかなり頭が悪かったのです。正常な思考を得意とせず、いつも空回りしているそんな人間でした。このようにかくと、それは矛盾しているのではないか、何せ前話にて母親は関西の有名私立大卒で教員免許を持つにんげんではないか、そんな人間が頭が悪いというのは矛盾するのではないかと思われるかもしれませんが、私が言いたいのはそこなのです。母親はすなわち「無能な努力家」なのです。母親は無能で地頭が悪い故ただ、時間を費やして努力するしか能がなかったのです。だから、大学入試も高校からの推薦で入学していますし、教員免許試験なんて無能でも合格できます。

 

 

第0話 プロローグ

はじめまして、今日からブログを書くことにした柴崎圭です。このブログには今まで自分の人生で経験してきたことを回想録として書いていこうと思っています。このブログを読んで何か人生について考えるきっかけになってくれたら嬉しいです。

 

私はとある田舎のニュータウンで生まれ育ちました。(身バレ防止のためぼかした言い方を使わせてもらいます。ごめんなさい。)両親ともに4大卒で、父親は難関国公立の理系出身で大手東証一部上場企業の研究職、母親は関西の有名私大卒し、教員免許を持つ、はたからみたらエリート一家で育ちました。生活もこれと言って不便はなく、また近くに母方の祖父母が住んでいたことや私自身が母方の祖父母にとって初孫であったことから幼少期は親戚中から大変可愛がられて育ったそうです。私自身は幼少期の記憶はほとんどないので定かかは分かりませんが何となく甘やかされた気がします。(笑)

 

両親ともに教育の重要性を理解しており、私自身も幼児教育を受けました。そのかいあってか、中高時代は(高は微妙だが)それなりに成績が良かったのを覚えています。

 

このように、私の人生ははたから見たら幸せな人生そのもののように思えるかもしれませんが、私がこうして筆を執っているのは決してそうは思えないからなのです。今までの人生で私はどれぐらい幸せを感じていたのでしょうか?確かに、幸せを噛みしめていた時間も長かったように思いますが、それと同じくらい、いやそれよりずっと長い時間私は何かに怯え、何かに追われ、意味のない何かのために生きてきました。何もない世界をその先にきっと何かがあると信じて走り続けて疲れさせてはまた走り続けてきた私は今もう人間ではないのかもしれないのです。まだ人間だとは思ってるけどね(笑)

このように、表面から見る自分と深層に佇む私の圧倒的乖離は何によってもたらされたのか?わたしはこれからどのようにして生きていくべきなのか、今までの人生の回想と考察及び今後の人生の展望について語っていこうと思います。